メンタルヘルス不調の特徴と職場での対応

現在、日本の多くの職場ではストレスフルな状況が続いています。身体の病気に比べて、メンタルヘルス不調は回復までの期間が長いため、現場での対応に戸惑うことも少なくありません。今回から次の3つのテーマで「職場のメンタルヘルス対策」を取り上げます。

第1回目 : メンタルヘルス不調の特徴と職場での対応
第2回目 : メンタルヘルス不調の早期発見と早期対応のコツ
第3回目 : メンタルヘルス不調の予防のための職場環境改善

メンタルヘルス不調はパフォーマンスが長期に低下する

一般的に、病気やけがをすると業務遂行能力が一時的に低下します。パフォーマンスが回復するまでの期間は病気によって異なります。例えばカゼやインフルエンザなどの場合は、数日から1週間くらいです。入院が必要な場合、例えば足の骨折や胃がんなどの例では、2~3ヶ月ほどかかるケースが多いようです。

メンタルヘルス不調ではどうでしょうか。例えばうつ病の場合、自宅休養に約3ヶ月、元通りに仕事ができるまでさらに6~9ヶ月かかります。メンタルヘルス不調ではパフォーマンスが長期に低下するのです。

うつ病は「電池切れ」の状態。休息と薬でしっかり充電。

うつ病は早期の発見と適切な治療によって回復する病気です。しかし、対応を誤ったり、対応が遅れたりすると症状が悪化することもあります。

うつ病とは、簡単に言うと「電池が切れた状態」になることです。「生きるためのエネルギーが低下(枯渇)した状態」とも言われます。意欲や活力の低下、食欲の低下、不眠などの症状のほか、頭痛やめまい、肩こり、胃痛などを伴うこともあります。

職場でよく見られる症状は「集中力や判断力がなくなり、仕事が手につかなくなる」ことです。「こんな自分が情けない」「会社に対して申し訳ない」と、ますます落ち込むこともあります。

うつ病の治療は「休息」と「薬」です。空になった電池を外して、しっかりと充電します。十分に充電するには長い時間がかかります。職場復帰を急ぎすぎたり、仕事のペースを上げすぎたりすると、すぐに電池が切れて、症状がぶり返してしまいます。

Aさんの事例

職場でメンタルヘルスの問題が起きたとき、職場でどのように対応すればよいのでしょうか。営業部門に勤めるAさんのケースを見てみましょう。

2005年6月、初回面談

Aさんが初めて産業医面談に訪れたのは、ある年の6月中旬のことでした。面談室に入ってきたAさんは、かなり疲れている様子で、表情もぱっとしません。

「3月ごろから、すごく疲れるようになったんです。少し休めば良くなると思っていたんですが、5月ごろからだんだんひどくなって……」
「身体がだるく、ひどい頭痛が続いたので、病院でいろいろと検査をしてもらったのですが、特に異常はないと言われて……」
「夜もなかなか寝られないんです。寝不足のせいか、最近は集中力が続かなくて……」
「上司に大丈夫かと聞かれたので、体調のことを話したら、産業医面談を受けるように言われて……」
「最近は仕事がほとんど手に付かない状態です。本当に自分が情けなくて……会社に申し訳なくて……」

小さな声を絞り出すように話していたAさんは、そこで黙り込んでしまい、ポロポロと涙をこぼしはじめました。

Aさんの話を聞いた後、上司にも同席してもらいました。「うつ状態になっており、治療が必要なこと」「会社に来ても仕事ができる状態ではないので、しばらく休みを取る必要があること」を説明して、今後の対応について相談をしました。

2005年6月~9月、自宅療養

数日後、病院を受診したAさんから「うつ病」という診断書が届き、間もなくAさんは病気休養に入ることになりました。その後も月に1度は産業医面談を行い、回復の様子を確認したり、自宅での過ごし方についてアドバイスしたりしました。奥様にも来社してもらい、一緒にお話をうかがいました。

2005年10月~2006年3月、職場復帰

3ヶ月ほど休業した後、Aさんは出社できそうな状態にまで回復しました。上司や人事と調整を行い、Aさんは10月から職場に戻ることになりました。最初は半日勤務からスタートし、徐々に勤務時間を延長しながら、1ヶ月ほどかけてフルタイム勤務に戻ります。また、負荷の調整がしやすい業務についてもらい、残業時間も制限するなど、職場での配慮も続けました。毎月の産業医面談では、体調や仕事内容の確認、病気に影響したストレス要因の振り返りなどを続けました。

2006年4月~9月、業務パフォーマンスの回復

翌年4月、Aさんはすっかり元気になり、新年度からは以前と同じ業務に復帰しました。しばらく3ヶ月おきに産業医面談を続けていましたが、体調が安定してきたため9月で終了しました。今後は主治医の指示のもと、薬の量を少しずつ減らしていくとのことです。

職場と専門スタッフによる継続支援が復帰のカギ

Aさんの場合、回復までに1年近くかかりましたが、うつ病のサインに上司が早めに気づき、職場での調整と専門スタッフによる継続的なフォローもあって、スムーズに職場復帰ができました。

現在、Aさんはすっかり元気になり、以前と同じように営業の現場でがんばっています。次回は、メンタルヘルス不調を早めに見つけ、早期に対応するためのコツをご紹介します。

産業医の仕事 (4) 経営者 (事業者) と産業医の関わり

 コスト削減を迫られる厳しい経営環境が続く中で、職場での事故の増加や、過重労働によるメンタルヘルスの問題について注目が集まっています。労働災害をめぐる訴訟では企業に巨額の賠償を命じる判決も増えており、厚生労働省から数々の指針が発表されています。従業員の健康障害について、経営者の責任が明確に示されるようになってきました。
 
 職場で事故が発生すると、原因調査や復旧のために製造ラインが止まり、業務に大きな支障を来たします。また食品業界では、衛生管理面の問題が小売店や消費者の不買運動につながり大打撃を受けることもあります。

 産業医は安全管理・衛生管理・健康管理などの業務を通して経営者の安全配慮義務を果たし、企業的視野に立ったリスク管理の観点から、労働災害や職場での事故の発生を予防する役割を持っています。

経営者にとってのリスクマネージメントと産業医の役割

 経営者にとって最大のリスクとは職場での事故の発生です。ところが不況の影響もあってか、最近では職場の安全衛生管理がずさんになっているところも多く、必然的に事故の発生件数も増え、さまざまな健康問題が発生しています。

 ひとたび事故が起きると、負傷した従業員への補償だけではなく、製造ラインの停止やプロジェクト進行の遅れなどにより巨額の経済的損失が発生します。病気が原因で事故を起きた場合にも、企業側の管理責任が問われることがあります。

① 従業員のメンタルヘルス対策

 不況下で収益をあげるために、従業員はかつてないほどのストレスにさらされています。不眠、うつ病、職場不適応などのメンタルヘルスの障害は、個人の生産性を落とすだけでなく職場全体に影響を与え、ミスや事故の発生も激増します。過労自殺などが労働災害に認定されるようになり、この分野でも企業の管理責任が問われるようになっています。メンタルヘルスの不調をきたした従業員を早期に発見して適切に対処するためには、産業医による教育や支援が必要となります。

② 安全衛生管理と作業関連疾病対策

 有機溶媒、有害な化学物質、粉塵、高温、低温、振動、騒音など、職場には従業員の健康に悪影響を与えるさまざまな要素が存在しています。作業時間や作業姿勢によっても、腰痛、頸首肩症候群(肩こり)、頭痛、視力低下などの不調が生じることがあります。これらの実態を正しく把握し、管理することも経営者に課せられた義務であり、これを怠ると行政監査の対象となります。産業医は職場巡視などを通じて現場の管理者と協議し、コストなどを考慮した現実的な対策を提案します。

③ 生活習慣病と伝染病対策

 従業員の高年齢化が進み、高血圧・高脂血症・糖尿病・肥満などの生活習慣病が増加しています。最近では若年患者も目立つようになり問題視されています。生活習慣病は早期には無症状ですが、心臓発作や脳卒中などが起きれば重大な事故の原因にもなりかねません。病状を考慮した就業制限や治療勧告だけでなく、健康教室や生活習慣改善プログラムなど集団の取り組みが効果をあげています。またSARSなどの伝染性疾患に対する正しい知識の収集と普及に努めることも産業医の重要な職務のひとつです。

経営者にとってのパフォーマンスと産業医の役割

 近年、企業の生産性に対する要求はますます高まっており、現場では少ない人員で従来の2~3倍もの仕事をこなさねばなりません。そのため従業員を取り巻く職場環境はかつて無いほど悪化しています。

 従業員に最大のパフォーマンスを発揮させるには、個々の事例への対応だけではなく、その背景にある環境の改善にも着手する必要があります。すぐに結果の得られる対策もありますが、効果が得られるまで月単位、年単位の時間がかかるものもあり、産業医を中心とした継続的な取り組みが必要です。

① 休職・復職時の判断と対応

 産業医は健康に問題を抱える従業員の休職時、復職時の診断を行います。わが国ではよほどのことがあっても解雇処置がとりにくく、可能な限り雇用を続ける習慣がありますが、「事故を起こさずに就業できるか」、「期待されるだけの成果 (労働力) を発揮できるか」の2点を重視し、就業にあたって特別な配慮が必要な場合は上司や職場に対して助言や指導を行い、現場の生産性に影響が出ないようつとめます。

② 職場の環境改善 (安全・健康・メンタルヘルス)

 ひとことで環境改善といっても、有害物質や危険業務などの安全管理から、腰痛などの作業関連疾病の対策、ストレスや人間関係などのメンタルヘルス対策、分煙や照明などオフィス内の環境対策などさまざまなものがあり、いずれも事故防止や生産性向上につながる重要課題ばかりですが、実施にあたっては職場巡視と従業員からのヒアリングが重要になります。専門知識を持った産業医と、業務に詳しい現場担当者が協力して対策に当たります。

③ 職場の健康増進

 従業員に対する健康診断の実施は法で定められた経営者の義務ですが、ただ実施すればいいというものではありません。事故防止や生産性向上の観点からは、有所見者に対する治療勧告や就業制限など、検診の事後処置がより重要になってきます。身体症状に乏しい生活習慣病は病気休業など労働力の喪失や、心臓発作や脳卒中など事故の原因にもなり、積極的な対策が必要です。生活習慣の改善には個人の努力だけでは限界があり、職場での健康管理プログラムの実施など、集団の取り組みが効果的です。

経営者に求められている産業医

 経営者(事業者)と産業医の関わりは、これまでに解説してきた従業員や管理職のそれとはずいぶん異なっています。経営者は従業員の安全や健康について様々な義務を負っており、産業医を配置することもそのうちのひとつです。すなわち、産業医の業務は従業員に対する単なるサービスなどでは無く、経営者の持つ安全配慮義務を肩代わりしているともいえます。

 企業によって産業医に対する期待はさまざまですが、どの企業においても、事故や労働災害の発生を最小限にすることが求められています。そのためには個々の事例に対応するだけではなく、安全面や環境面で職場全体の改善に取り組む必要があり、産業医には先頭となってそれを実施できるだけの専門知識と行動力が必要とされます。

 しかし残念なことに、わが国では近所の病院の医師が副業的に産業医をしている企業が多く見られます。そのような産業医 (という明目で報酬を受け取っている医師) は専門知識や意欲に乏しく、ほとんどの仕事を保健婦にまかせっきりにしているところも少なくありません。これでは従業員も気の毒ですし、何か問題が発生したとき責任を負うのは経営者自身ですから、産業医を雇った意味がありません。つまり、何よりも「仕事を本当にしてくれる産業医」が求められているというのが実情です。

■ 参考

産業医の仕事 (1) 産業医活動のキーワード
産業医の仕事 (2) 従業員と産業医の関わり
産業医の仕事 (3) 管理職 (上司) と産業医の関わり
産業医の仕事 (4) 経営者 (事業者) と産業医の関わり

産業医の仕事 (1) 産業医活動のキーワード

 このサイトにときどき登場している「産業医」という職業について、これから何回かに分けて説明しようと思います。
 
 産業医というと「会社の医務室にいるお医者さん」というイメージを思い浮かべるひともいるかもしれません。あるいは「健康診断をするお医者さん」のことだと考えてしまうかもしれません。しかし、実はその両方ともはずれなのです。

 産業医という仕事をひとことで言うならば「従業員の安全と健康を守り、快適な職場環境を実現するための専門家」ということができます。その仕事の内容は、職員の健康管理はもちろん、ストレス対策、メンタルヘルス対策、休職と復職の診断、有機溶媒や粉塵などの有害物質の管理、健康教育などの広報活動、作業場や職場の安全管理、社内での健康管理体制や安全管理体制作りなど、多岐にわたっています。

 50人以上の従業員がいる会社や事業所はすべて「労働安全衛生法」によって、社内に産業医を置くことが義務づけられています。中小規模の会社では近所の開業医や健診機関の医師などに非常勤の産業医を依頼することが多く、従業員が千人を超える大企業のほとんどは、常勤の産業医を社員として雇用しています。

 職場の安全を守るために働くのは産業医ばかりではなく、総括安全衛生管理者、衛生管理者、作業主任、現場監督、部署の責任者、社内の保健婦との協力は欠かせません。また、外部の健診機関、医療機関、環境測定機関などとも連携します。

 産業医の仕事は大きくわけて、有害物質の管理、工場や事務所内の環境測定と改善を行う「作業環境管理」と、作業姿勢や作業時間の管理、有害物質への曝露の測定や、身を守るための保護具についての管理を行う「作業管理」、健康診断や休職・復職時の診断、健康教育や疾病予防などの「健康管理」の3つがあり、これを「産業保健の三管理」と呼んでいます。

 この「三管理」は産業保健の基本として長く親しまれてきましたが、労働者を取り巻く環境は時代とともに大きく変化し、それに対応して産業医活動の重点も変わってきています。現代の産業医活動のキーワードは「リスクマネージメント」と「パフォーマンス」です。次回からは、この2つのキーワードを中心として、従業員、管理職(上司)、経営者のそれぞれに対して、産業医がどのような仕事を行っているのか、また、産業医に何が期待されているのか、説明していきたいと思います。

■ 参考

産業医の仕事 (1) 産業医活動のキーワード
産業医の仕事 (2) 従業員と産業医の関わり
産業医の仕事 (3) 管理職 (上司) と産業医の関わり
産業医の仕事 (4) 経営者 (事業者) と産業医の関わり