第78回日本産業衛生学会のまとめ

 

4月20日~24日に東京で行われた第78回日本産業衛生学会に行ってきました。職場の安全や、はたらく人の健康に関するいろんな発表がありました。その中で気になったいくつかの話題をピックアップしてみます(昨年の学会の感想)。
 

■ダイエット食品を用いた減量指導

テレビや電車広告で有名なダイエット食品「マイクロダイエット」を用いた減量指導の報告がありました。特定の商品や健康法を扱った発表は、発表と言うより宣伝だったりすることもあるので、学会でこのような発表が行われることはとても意外でした。まゆにしっかりとつばをつけて、発表を見てきました。

実際に33名の社員を対象に実施した研究では、2ヶ月間で約4kgの減量効果があったそうです。ダイエット食品を取り入れた方法と他の方法を比べてみると、摂取カロリーを制限するという点では違いはありませんが、カロリー計算の面倒が無く、早期に結果を体感できるという点では優れていると思います。しかし、ダイエット食品は「やせ薬」ではありません。何よりも生活スタイルの継続的な改善が必要なことには変わりありません。

■ITで健康を支援する学習システム

何でもかんでも「IT」と騒いでいた時代は終わりましたが、禁煙や減量、メンタルヘルス教育などをPCを通じて行おうという取り組みは盛んに行われています。「e-ラーニング」などと呼ばれるこの方法には、個人的には大きな魅力と可能性を感じています。

しかしながら、発表や展示を見てみると、ソフトが使いにくそうだったり、文章が読みづらかったり、画面レイアウトが稚拙だったり「これなら冊子でいいか」と思うようなものが多く、なんだか残念でした。

情報を紙芝居的に表示したり、挿し絵をパタパタアニメで動かしたりすることが「IT技術の活用」ではありません。「e-ラーニング = 電子紙芝居」という固定概念から早く脱却すべきでしょう。e-ラーニングならではの高い教育効果を追求するためのヒントは、企業の製品紹介サイトにあるさまざまなコンテンツに隠されているのだと思います。

■長時間残業への対策

以前の記事でも少し取り上げましたが、残業問題は本当に頭の痛い問題です。「長時間残業者への面談」をいくら行っても残業が減るわけではなく、社員からも上司からも「またか」とイヤな顔をされ、しまいには残業という言葉を口にすることすら面倒になってしまいます。

今回の学会でも、残業対策にまつわる多くの発表がありました。今さら繰り返すまでもなく、残業によって健康を害することは明らかです。その中で、われわれ産業保健スタッフのできることは、

・残業の心身への影響について教育して自衛を呼びかけること
・体を壊しそうな社員を早く見つけて適切な処置を手配すること
・残業の実態と健康リスクについて上司や経営者に情報を提供すること

の3つしかありません。残業そのものを減らす努力は、社員や上司、労働組合や経営者、国の施策にまかせるしかないのです。

実際に取り組んでいる企業の担当者と話をしていく中で、何を目的として、どのように活動すべきか、自分の考えを整理することができました。

■仕事のストレスに関する研究

従業員のメンタルヘルスについて、仕事とストレスの関係を調べる研究が盛んに行われています。その研究発表を聞いていつも思うことは、「じゃあ、どうすればいいの? 具体的な対応策は?」ということです。

例えば「残業時間が長いほどストレス反応が高いことがわかった」という発表があったとします。もちろん研究の方法やデータのまとめ方にも興味はありますが、一番知りたいのは「では、どうしたら残業時間が減るの?」、「どうすればストレス反応が減るの?」ということなのです。

しかし、多くの研究はそのような疑問に対する答えが用意できていません。そのことに対して不満を感じていた時期もありましたが、最近では、研究結果を実務の場で活かす方法を考え、実践し、フィードバックを返すことは、実はわれわれ現場の実務担当者の役割ではないだろうかと思うようになりました。

■行動変容、アサーション

1年前に産業医になって、最初に遭遇した問題は「効果的な健康指導を行うにはどうしたらよいのか」ということでした。ただ「体重を減らしましょう」とか「お酒をやめないと死にますよ」などと言うだけでは、効果が期待できるはずもなく、何のために健康指導をしているのかわかりません。

この疑問に答えてくれたのは、昨年の学会のときに一緒に飲みに行った、ある研究者の言葉でした。「それは『行動変容』というんですよ。心理学の分野のひとつです。」 彼にすすめられた本を買って勉強することでずいぶんと理解が深まり、実務にも役立っています。

今年は「アサーション」という言葉を覚えて帰ってきました。アサーションとは「言いたいことを言えずに落ち込んだり、逆に強く言いすぎたと後で悩んだりしないように、さわやかに自己表現する」ということです。教えてもらった参考文献をさっそく手に入れて勉強していますが、非常に明快でタメになることが書かれています。アサーションについては、いずれこのサイトでも触れてみたいと思います。

参考文献:
「アサーショントレーニング -さわやかな自己表現のために-」 (平木典子)
「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」 (平木典子)

■まだ勉強不足の分野

産業保健と言えば、工場の生産ラインのように工作機械や化学物質を扱う作業現場の安全を忘れることはできません。今回の学会でも多くの発表がありましたが、僕の担当している地区にはこのような現場が無いため、関心はそれほど高くありません。まだまだ勉強不足を実感します。

■このサイトを見られている!!

一番驚いたのは「サイト、見てますよ!」と何人かに声をかけて頂いたことです。いやあ、本当にびっくりしました。これからもホント、よろしくお願いします。日本の産業のために、はたらく人たちの健康のために、力を合わせてがんばっていきましょう!!

関連する記事

このサイトの内容は私の個人的な見解であり、私の所属するいかなる団体や組織の見解を反映しているものではありません。

コメント数: 2

  1. Inoue :

    行動変容はすでに医学教育に取り入れられています。90分の講義だけで、どれだけ身につくか疑問ですが、少なくとも、「脅し」「命令」「説教」ではどうにもならないことは教えられます。総合診療部が受け持つ分野です。
     でも、私は聞いていて「おかしい」と思いました。人間の会話は、互いに対等に、相手によって自分が変わる可能性を受容しなくては、心が通い合うということはありません。
     「行動変容」における患者へのアプローチは「相手の話を聞いて、相手の要望と現在の行動との矛盾点(寿命が来るまでは元気でいたいのに不摂生な生活をしている・・・など)をつつきだして、どうしたら矛盾を解消できるかを考えてもらうというものであり、患者に変わることは期待するくせして、医師の側が「変わる」ということはありえないのですね。
     むしろ、アルコール中毒患者の断酒会とかAAのようなものの方が、はるかに患者は「変わる」んじゃないかって思いました。

  2. e-doc. :

    コメントありがとうございます。

    Inoueさんのお聞きになった講義がどのようなものだったのか分かりませんが、生活習慣の改善を目的として患者の行動を変えることと、旧来からの権威的な医師の態度を変えることは、区別したほうが理解しやすいと思います。

    まず、医療分野における行動変容とは「患者の行動を(健康的なものに)変えていくこと」です。いろいろな考え方が整理されており、その知識や技法を応用して、患者に自信をつけてもらいながら行動を変えてもらうことを目的としています。ですから「患者に変わることを期待する」というのは、その通りです。

    例えば変化のステージモデルという考え方では、減量や禁煙などに対する患者の気持ちを、無関心期、関心期、準備期、行動期、維持期という5つのステージに分類し、それぞれ異なった働きかけをするほうが効果的だとされています。

    もうひとつ、Inoueさんがおっしゃっているのは、医師患者関係のあり方のことだと思います。大昔は、まるで父親のように権威的な態度で医師が患者に接していた時代がありました。その後「患者の自己決定権」が注目される中で両者の意識が変わり、近年は相互に協力する関係であるという考え方が主流になっています。