JRの脱線事故に思う、緊急時における産業医の仕事

JR福知山線での痛ましい脱線事故から約1ヶ月がたちました。連日のように報道されたニュースを見て、多くの企業人が、このような事故が我が社で起きたらどうなるか、事故が起きたら何をすべきなのか、事故を予防するにはどうすればよいのか、自問自答したことでしょう。

私はある企業で産業医として働いています。産業医の業務は従業員の健康管理だけではなく、組織のリスク管理とも深い関連があります。もし自分の会社で同じような重大事故が起きた場合、産業医として、どのようなことができるでしょうか。じっくりと考えてみました。
 

産業医にできる「事故後の活動」

大企業と呼ばれる企業のほとんどには危機管理を専門に行う部門があります。そのような仕組みがないときに、必要性を訴えることも産業医の役目です。また、危機管理部門がきちんと機能しているかチェックするために、日頃の情報交換も大切です。

ひとたび事故が発生すると、危機管理部門はまさしく24時間態勢で動き始めます。産業医はその活動に対して適切な助言を与えられなければなりません。産業医には医学や人間工学の専門家としての役割が期待されます。事故の原因究明や再発防止、従業員の健康と安全の保持が活動の中心となります。

大きな事件や事故が起きると、事故後の対応のまずさや、ちょっとした個人の言動までがやり玉にあがり、世間から徹底的に非難されます。テレビで何度も何度も自分の顔が放送され、まったく関係のない人からも批判を浴びることを想像してみて下さい。実は、従業員のメンタルヘルスを悪化させる最大の原因はマスコミなのです。メンタルヘルス対策の多くは同時にマスコミ対策でもあります。

例えば、次のような対策を準備することが考えられます。

従業員に対するメンタル・サポート: 社内外での対応に追われ、マスコミや乗客からの非難にさらされている社員 (特に社長・管理職・事故車に乗車していた車掌) のサポートが必要です。大きな事故のあと、目撃者や関係者にも、不眠、イライラ、フラッシュバックなどの急性のストレス反応が現れることが知られています。従業員の求めに対応できる相談窓口の整備が必要です。

社内への情報開示: 事故に関する情報、その対応の進捗状況などをすみやかに社内に展開することも重要です。従業員の不安、不信感を和らげ、組織内の雰囲気の悪化を防ぐことができます。

マスコミ対応の徹底: マスコミの取材は必ず専用の窓口へ案内し、個別には一切応じないことを、社の内外に周知・徹底します。マスコミはちょっとした言動をとらえては、従業員や関係者、その家族までも攻撃の対象にして企業批判をはじめます。会社のイメージを守ると同時に従業員のメンタルヘルスを守るためにも、マスコミ対策は重要です。

被災者・遺族・周辺住民のメンタル・サポート: 希望者がカウンセリングを受けられるように、外部機関を手配して利用を呼びかけます。事故の痛手から立ち直る助けになるだけでなく、企業としての誠意ある態度を示すことができます。(例えば今回のJRの事故では、兵庫、大阪の産業保健推進センターや、関西、大阪、神戸の労災病院が、事故の被害者に対する心理相談を無料で行っています)

原因調査: おそらく産業医は、事故に関係した社員の健康状態について、コメントを求められる立場にあります。事故の原因調査を行うチームに、産業医も加わることができるでしょう。

社外への情報開示: 事故に関する調査報告や、事後対応、再発防止の取り組みの内容を社外へ表明することは、企業イメージを回復し、社や社員に対する批判を和らげる効果があります。

産業医にできる「事故を防ぐための活動」

ひとつの大事故の背景には、小さな事故がいくつも隠れているといわれます。今回のケースでも、当日に異常な運転をした運転士の健康状態、新型の自動ブレーキ装置の未設置、過密ダイヤの問題、懲罰的な違反者講習など運転士へのプレッシャー、安全より利益を優先する企業方針、運転士の適性検査の正当性、とっさに虚偽の申告をしてしまう企業体質、安全を統括する部門の不在……などなど、数々の問題点が指摘されています。

産業医として仕事をしていると、このような問題に気づく機会はいくらでもあります。健康診断や高残業の面談など、社員と話をしている中で、社員の不安や組織の抱える問題点に気づくことができるでしょう。また、職場の安全点検を行う職場巡視の中でも、いろいろな問題を見聞きできます。

こうした組織の問題に気づいたら、適切な方法で会社に指摘しなければなりません。すぐに改善がなされなくても、指摘を続けることは重要です。従業員個人の健康や安全を守るだけでなく、会社の直面するさまざまなリスクも視野に入れ、情報を収集し、評価し、リスクを低減するための活動につなげることも、産業医の重要な仕事だと強く感じました。

このサイトの内容は私の個人的な見解であり、私の所属するいかなる団体や組織の見解を反映しているものではありません。

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